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クラシックホテル

↑↑ 横浜 ニューグランドホテル


先日 明海大学のホスピタリティー・ツーリズム学部の学部長で教授の草野健先生が
ご自分のゼミの学生 20人程をお連れになり泊られた。

当社の並木総支配人に「ホテルと旅館の違い」と題して講義をして欲しい
ということで喜んで応じました。中国からの留学生もおりました。
卒業生を採用したいと思う位の学生達でした。

「ホテルと旅館のちがい」 なるほど なるほど 分っている様で分っていないか。
ホテルコンサルタント時代の15年間いろいろなところで、この話をしてきました。
今の我々をとり巻くいろいろな業界の人達がこのちがいをどの位分っているだろうか。

この際このブログを通じて我々に関係のある人達に分ってもらうことが
有意義ではないかと思い、3回に分けて「ホテルと旅館のちがい」を話したいと
思います。


1.旅館の歴史

「日本史の上で」というとらえ方をすれば飛鳥時代 難波(大阪)に
高麗館(こうらいかん)・鴻臚館(こうろかん)大宰府に筑紫館というのが
あったということになっています。
面白いことにこの時代から「館」という文字を使っていたのですね。

そんな古代史をうろつく様なことは放っておいて、私の40年来の友人を
紹介しましょう。
高野山の傅燈大阿闇梨、権大僧正の東山泰清氏です。
真言宗の大本山である金剛峰寺の右隣に位置する蓮花院の住職であります。

816年の開祖 開山から連綿と続くお寺であります。
何を言いたいかと言うと連花院は「宿坊」でもあるのです。
宿坊というのは参詣に来る人々が泊まる所で、これがまさに旅館の始まりと
言って良いでしょう。

30位のお寺がほとんど宿坊を兼ねております。
言いかえれば大宿泊地ということが言えます。
高野山だけではありません。比叡山でも大小のちがいこそあれ宿坊が街を
形成していると言って良いでしょう。 

食事は宿坊の奥様達が代々続く極秘レシピによる精進料理を提供してくれます。
これが旅館の始まり・・・私は確信しております。

歴史的に新しいところとして新撰組で有名な池田屋があります。
1864年の事件ですが、京都三条あたりには この旅館(はたご)が数軒
軒を並べていた と言います。

日昇別荘もそのうちのひとつでしょう。
又、その当時 旅宿(はたご)の他に木賃宿(きちんやど)というシステムがあり
旅人が持参した米や乾飯(ほしいい)を炊く為に宿に支払う薪(たきぎ)の代金を
収入とした宿もあった。

現在60才代以上の人達が昔 修学旅行に米を持参した経験をお持ちの方も
いると思いますが、その当時の名残りでしょうか。
旅館側に米がなかった時代でもありましたがね。

京都には御池に柊家(ひいらぎや)俵屋(たわらや) 上木屋町に幾松(いくまつ)
等のその当時からの老舗名旅館が今でも存続しております。


2.日本のホテルの最初は

HOTELという言葉を冠したホテルとしては、1859年ごろ HOTEL Anglosax'on
という名のホテルが横浜にあったと「横浜沿革誌」に出てきます。
おそらくこれがHOTELを名乗った最初でしょう。

我々が遠い昔 耳にした現実的なホテルとしては1873年(明治6年)横浜に
「グランドホテル」が世に出て来ます。
そして1878年(明治11年)箱根に「冨士屋ホテル」が誕生するのです。

1893年 後に「都ホテル」となる吉永園が京都に、同年日光に「金谷ホテル」
次年 1894年 「軽井沢万平ホテル」
そして1922年(大正11年)名門 帝国ホテルが開業するのです。

  つづく・・・

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