木喰さんは会津から日光に詣でる途中の1778年9月12日に山王峠を越えて
上三依村に達しました。
このことは故郷に残る自筆の「南無阿弥陀仏国々御宿帳」に記載されている。
さて十王堂であるが前回記した様に九体の(一体欠失)の十王像と
葬頭河婆(そうずか)像、地蔵菩薩像がある。
「伝 木喰仏坐像」の地蔵菩薩像
いずれも虫害による破損で像底部を中心に頭部や両手を失くしたものが多く
現在はガラスケースの中に収められている。
虫害と書いたが自治区長の山口さんの話ではこの像で子供達が川で水遊びに使ったりままごと(飯事)の相手にしていたといわれ地元の人々にとっては思いでの十王様なのだろう。
やがて彼らは日光を経て鹿沼の栃窪(現在の鹿沼市栃窪)約4ヶ月腰を落ち着けます。
正真正銘、木喰さんの作品の仏像が15体残っております。(鹿沼市薬師堂)
栃木県鹿沼市栃窪の地蔵菩薩像
木喰さんが会津西街道を通ったことは間違いありません。
私のホテルの前を走る街道がそのものなのですよ。
十王堂の作品がその作風からして木喰さんの手によるものであることもほぼ間違いなかろう。
しかし、それにしては彼らの滞在日数と作品数とが合わないといえることもないのです。
という識者も居るようです。
推測として、ここまで(上三依村)の間みちみち仏像を作りながらの旅であったのかと思うと
そしてこの地で10体目の完成をみたと考えるのならそれで良しでしょうか。
なにしろ大昔のことですから……。
とにもかくにもホテルから車で約40分のところに歴史に残る木喰さんの彫刻があることが
うれしいではありませんか♪
是非ご覧になりにおいで下さいませ。
温泉と酒だけでお帰りになるのは何とも惜しいところですぞ!
参考文献
「藤原町の文化財」
「藤原町の民話と旧跡」
「藤原町のおもしろ地名」
別冊太陽「木喰の微笑仏」
記事 |
