5月のNHKテレビ「その時歴史が動いた」を見てのひとり言・・・。
私には兄が2人おります。12歳年上の兄(北海道剣道連盟会長)と5歳上の兄
(前 北海道室蘭市立図書館長)です。この兄達の薫陶を受けて育ちました。
どちらの兄か忘れましたが、少年の頃に表題の弓削道鏡について教わりました。
弓削道鏡ってのはな!えらい巨根の持主で、座ると膝が3本あるといわれた程の男だった。
そして時の女帝をたぶらかし、国を危うくした大悪人であった。
古今東西これ程の破戒僧は居なかったのだ。 と見てきたかの様に話してくれました。
そんな坊主のことだから、まさかNHK『その時歴史が動いた』
が取り上げること等あろう筈はないと思っていました。
新聞のテレビ欄を見た時アッと声を出しましたよ!「道鏡」とあったのです。
NHKが道鏡を取り上げる、どの様に紹介するのだろうか。兄の言う様な破戒憎だったのだろうか。
放送が待ち遠しい等と思ったのは人生で初めてでしたね。
見た方も多いでしょうから詳細はおくとして奈良時代 孝徳天皇(女帝)の寵を受けて
太政大臣禅師になり、さらに法王位に昇り政界に権勢をふるった。
後、自ら皇位に就こう としたが和気清麻呂等の妨害に合い失敗した。
孝徳天皇の死後、失脚した。
因みに孝徳天皇(女帝)は天皇位を二度務め あとの名を称徳天皇という、
そこまでで そうかそういう坊主であったのかで終る筈であったのだが・・・。
ところがこの道鏡さん失脚したあと、何と私が第二の故郷と広言している
この栃木県に来ていたのですよ。
歴史書にはこうあります。
下野国薬師寺別当に左遷され、その地で没した と昨年の市町村合併で出来た
下野市の下野神社に墓があるとのことです。
こうなると国を危うくしたことは事実でしょうが、せっかく栃木県人になって死んだのですから
破戒憎でも少しでも良い部類の破戒憎に出来ないものかと思ったのが、上の方の文の下線部分です。
つまり『自ら皇位を望んだ』のか それとも女帝に『道ちゃん あんたやってみない』と
誘いを受けたのか・・・によって評価は違うと思うのですがね。
栃木県って面白いですよ! だってそうでしょう。
道鏡が追放され流されたということは、ここは流刑地だったのですよ。
秀吉が信長の子の信雄を烏山(現在那須烏山市)に流罰にしたり、その栃木が時代が変わり
徳川幕府になると家康を日光にまつり神君として一転当地は聖地になったのですよ。
不思議ワンダーランド 栃木県へいらっしゃ〜い!!
道鏡の巨根については番組中、何も触れなっかった(>_<)