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其の1では今市からスタートをしましたが、日光市に意外な人物の像があるので是非紹介を。
「板垣退助」であります。

日光ニ荒山神社の神社は平成17年、8年間の修復工事を終え日光山の表玄関として
朱塗の姿を再び現わした。その神橋のすぐ手前にあるのが板垣退助の銅像であります。
私には意外に思いましたが、皆様はいかがですか?
「板垣死すとも自由は死なず」 の板垣退助が何故日光の表玄関に鎮座なさっているのか。

話はこうです。1868年(慶応4年)戊辰(ぼしん)戦争が始まります。
この年の干支(えと)つちのえたつだったことからこの名があります。
維新政府軍と旧幕府軍との間に16ヶ月余りにわたって戦われた内戦が戊辰戦争です。

慶応4年1月3日の鳥羽、伏見の戦いに勝利した薩長両藩を中心とした政府軍は
四月江戸城を接収、上野のこもる彰義隊はじめ関東各地で旧幕府軍を
討減し、戦闘の舞台は千葉県流山へ移ります。
ここで新撰組局長 近藤勇も捕えられ板橋送りになり処刑され相果てます。37才でした。

戦闘はいよいよ下野国(しもつけのくに)我が栃木県へと移ってまいります。
詳細は次の番外編2 にご期待下さいませ。

今日はここまで!


板垣退助

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