私の人生で初めて聞いたテノールは、ジョゼッペ・ディ・ステファーノと書きましたが
実はステファーノの前に日本人のテノールを耳にしておりました。
亡くなった母が大好きでありました藤原義江(写真)です。
藤原歌劇団の創始者であり、日本オペラの土台を作った人でした。
日本人ばなれした(写真)歌手でした。
それもその筈(はず)英国人と日本女性との間に生まれた子でした。
山口県下関の出身です。
今でも耳に残っている曲はオペラのアリアではなく 「波浮(はぶ)のみなと〜は」
という曲や 「どんと どんと どんと波乗りこえて・・・」 といった日本の曲です。
世界各地でこの日本の曲を歌いました。
迫力がありました。
1976年(昭和51年)77才で亡くなりました。
藤原義江は生涯(しょうがい)帝国ホテルに滞在しておりました。
もっと年代が下がりますと 「浅草オペラ」 という時代がありました。
田谷力三(写真)というテノールがおりましたが、このテノール歌手は地域限定と
いったところですね。
↑↑藤原義江です
↑↑↑ 旧帝国ホテルです